ギャンブルへの衝動、誰にも言えない罪悪感、そして「どうしてやめられないんだろう」という終わりのない自責の念。あなたは今、深い「孤立」の中で一人、苦しんでいませんか?

「楽生会(らくしょうかい)」は、依存症という共通の生きづらさを抱える仲間が、肩書きや本名を脇に置いて、そのままの自分で集まれるサポートコミュニティです。

あなたがこれ以上一人で傷つかないために、私たちはまず「絶対的な安心の場」であることをお約束します。

楽生会が大切にしている「安心のルール」と「温かい交流」

私たちは、孤立を防ぎ、参加者の皆さんが安心して過ごせる居場所作りのために、以下のルールと方針を大切にしています。

  • 原則ニックネームで参加(全員の安心のため)
    お互いのプライベートや社会的地位を気にする必要はありません。呼ばれたい名前だけで繋がることができます。
    ※「本名でオープンに参加したい」というご本人の意思も尊重しますが、初めての方や周囲の仲間が「自分も本名を言わなければいけないのかな」と不安に思わないよう、全体の場では原則として「ニックネーム」や「名字のみ」でのコミュニケーションを推奨しています。
  • 秘密厳守
    ここで話された内容は、コミュニティの外へ持ち出すことは絶対にありません。誰にも言えなかった胸の内を、安心して手放してください。
  • 【楽生会の特徴】「言いっぱなし」の先にある、温かい会話
    従来の主流は、トラブル防止のために「言いっぱなし・聞きっぱなし(一切のリアクションやアドバイスを禁止する)」の安心感は守りつつ、楽生会では一歩進んだ「温かい会話や交流」を大切にします。否定のない空間だからこそ、前を向くためのヒントを優しく言葉にし合える場所です。

私たちが目指すのは、その先にある「生きづらさの軽減」

これまでの主流は、「やめ続けること」に主眼を置いてきました。もちろんそれも大切ですが、私たちはその一歩先を見つめています。

依存症の根底にあるのは、心の奥底に閉じ込めた「生きづらさ」や「思考の癖」だからです。

楽生会では、ただ集まって話を聞くだけでなく、その生きづらさ自体を軽くしていくために、あなたにとってベストな「タイミング」で、「3つのK」を提供できるように心がけています。

  • キッカケ:孤独から抜け出し、同じ痛みを持つ仲間と繋がる第一歩。
  • 気づき:共に学び語り合う中で得られる、自分を見つめ直すヒント。
  • コツ:ノートワークなどの具体的なアプローチを実践し、継続する中で「あっ、これか!」と進むべき方向が掴める感覚。

また、具体的なアプローチ(独自のノートワークなど)を丁寧にお伝えしています。
無理に過去を消し去る(書き換える)のではなく、あなたのキャンバスに「新しい色を少しずつ上書きしていく」。そんながんばりすぎひん回復の道を、私たちは一緒に歩んでいきます。

管理者プロフィール&メッセージ

「医療関係者でも、カウンセラーでもない。30年間苦しんできた、一人の当事者として」

【メッセージ】

はじめまして、「楽生会」管理運営者のヒョウリです。

私は、精神科の医師でもなければ、プロの心理カウンセラーでもありません。皆さんと同じ、30年余りにわたってギャンブルに人生を狂わされ、二度の個人再生(民事再生)を受けてどん底の苦しみを味わってきた「一人の重度依存症当事者」です。

お金が尽きたときのあの絶望感、嘘を重ねる罪悪感、身内にも誰にも言えない孤独……。その痛みと生きづらさは、綺麗事ではなく、身をもって痛いほど理解しています。

従来の活動で救われた方も数多くおられますが、私はもっとシンプルに心の奥を「温かい色で上書きしていく方法」がないかと模索し、この会を立ち上げました。

私は専門家としてあなたを「治療」することはできません。しかし、30年の暗闇から抜け出した経験者として、あなたの痛みに寄り添い、「どうやってここから這い上がり、なりたい自分を描いていくか」を一緒に会話しながら提案し、伴走することはできます。

二度のどん底を見た私だからこそ、断言できます。人生はいつからでも、何歳からでも、新しい色で塗り直すことができます。ひとりぼっちはアカンで。まずはその重い荷物を、ここに降ろしに来てください。

【管理者プロフィール】ヒョウリ

1961年生まれ。神戸市在住。
私が「ギャンブル依存症」からの脱却を目指し始めたのは、58歳の時でした。30年以上の歳月をギャンブルに捧げ、すべてを失いかけた男のストーリーです。

「絶対に父親のようにはならない」と思っていた少年時代

比較的貧しい家庭に生まれ、両親は共働き。二つ下の弟といわゆる「鍵っ子」として育ちました。父親は酒癖が悪く、お酒が入ると人が変わったように周囲に絡む人でした。

私が中学2年生のとき、父親の「2回目の借金」が発覚し、両親は離婚。私と弟は母親に連れられて家を出ました。思い返せば、親戚筋もみんなパチンコが大好きでした。

「自分は絶対にあんなバクチはしない。父親のようにはなりたくない」
心からそう思っていました。

気がつけば、あっという間に泥沼へ

社会人になり、社内で知り合った妻と結婚。男の子と女の子、二人の子どもに恵まれました。

独身時代は実家暮らしで、給料から5万円を家に入れ、残りは自分のやり繰りで楽しめていました。しかし、結婚後は当然そんなわけにはいきません。それでもお酒の付き合いなどは続き、お小遣いが足りなくなっていきました。その都度、妻にお願いするのも気が引けたのです。

そんな時期、同僚たちがパチンコや競馬の話で盛り上がっている輪に、ふと混ざってしまいました。

そこからは、本当にあっという間でした。
気がつけば借金ができ、雪だるま式に増えていきました。最初は30万円ほどで恐ろしくなり、妻にカミングアウトして、家のお金で精算してもらいました。「もう二度としない」――その時は、本当にそう誓ったのです。

しかし、頭のどこかで借金したお金への未練が消えませんでした。

30年間で失ったもの、総額1500万円の代償

そこから延々と30数年間、ギャンブルに浸かった人生が始まりました。
借金をしてはカミングアウトした回数は、多すぎて自分でも定かではありません。使い込んだお金は、通算で1500万円ほどになるでしょうか。

この期間中に、個人再生の手続きを二度も経験しました。家の蓄えはすっからかんになり、妻が独身時代からコツコツ貯めていた大切なお金もすべて消えました。

長男はなんとか大学を卒業させることができましたが、娘の「進学したい」という希望は叶えてあげることができませんでした。親として、本当に情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

家族の本当に大事な時期だったはずなのに、私の人生の半分は、ギャンブルと借金、そしてその返済のことだけで埋め尽くされていました。

命を絶つことばかり考えていた、暗闇の半年間

どうしてもギャンブルが止まらず、自暴自棄に陥りました。すべてのことが嫌になり、「自分で命を断つこと」ばかり考えていた時期が、半年ほど続きました。まともな精神状態ではありませんでした。

しかし、どうしても最後の一歩が踏み出せませんでした。
「死ぬこともできないなら、もうすべてを白状するしかない」

覚悟を決め、妻に離婚の話を切り出すとともに、人生最後のカミングアウトに踏み切りました。

58歳からの再出発、そして「楽生会」へ

最後のカミングアウトの後、弁護士事務所に相談して2回目の個人再生手続きを行いました。同時に、街の心療内科を訪れ、正式に「ギャンブル依存症」の診断を受けました。

手続きの期間も含め、4年少々かけて、すべての借金を完済しました。

私の人生の半分は、ギャンブルによってボロボロになりました。しかし、この30年余りの壮絶な経験を、ただの「失敗」で終わらせたくはありません。

いま、過去の私と同じように、誰にも言えない借金と罪悪感を抱え、一人で死ぬことまで考えている人がいるはずです。その人たちに「ひとりぼっちはアカンで」「もう一人で苦しまなくてええんやで」と伝えたくて、この依存症サポートコミュニティ「楽生会」を立ち上げました。

ここは、あなたの過去を責める人は誰もいません。
肩の荷をおろして、私と一緒に「がんばりすぎん回復」を一歩ずつ始めてみませんか。